2019年11月21日(木) 京都・熊野神社 ZAC BARAN old & new
MUK <Take-Bow/g Kei-K/ as Meg Mazaki/ ds>+柳川芳命/as
UK : Take-Bow+Kei-K
MU : Take-Bow+Meg Mazaki
MUK : Take-Bow+KeiーK+Meg Mazaki
と、組み合わせによってユニットの名称も変わるが、このTake-Bow、Kei-K、Megの3人の組み合わせは、確かな人間的な関係のもとで、以心伝心で演奏ができる。このMUKに+1で参加させてもらった。Kei-Kさんとはこの3人の中では一番古くからの親交があり、Megさんとはデュオシリーズや怪談などでこの3年ほどで一番回数多く共演している。Take-Bowさんとは付き合い始めてまだ日が浅いほうだが、今年デュオのCD『密儀』をリリースした。
そんなわけで、勝手知ったる関係が基盤にあっての4人である。何も決めず2ステージを4人フルで集団即興をやろうか、とも考えたが、個人的にはUKの演奏をまだ聴いていないので聴いてみたかったし、Kei-Kさんは、私とMegさんのデュオをまだ聴いたことが無いというので、それぞれのデュオを前半のセットでやり、4人全員での演奏を後半のセットでやることにした。
UKはデュオとしてとても好ましい関係で演奏を展開したと思う。二人の即興演奏の志向性の差異は見えても、どこか奥深いところで共振し合っている感じを受けた。あまり頻繁にデュオをやっていないようだが、それは結果としていい関係を生んでいると思った。二人が一緒にやることで何かを共同で生み出すというような関係ではなく、相手がいることで自分がより自由に自己表現できる、つまり相手の存在を触媒として自己実現できる、というところがとても好ましい関係だと思う。私の説明ではUKの演奏のイメージの描けない人のためにあえて言うなら、多彩な技のソニーシャーロックと、日本人的情念をたぎらせるペーターブロッツマンのデュオみたいな感じだった。
続いて、シリーズ『After It’s Gone』を実践中のMeg+柳川デュオ。結構頻繁にデュオををやっているので、阿吽の呼吸なのだが、それを意図的に少しずらしてみる。そのことが新しいアンサンブルを生み出したように思う。ずれがあっても演奏中のどこかで、呼吸を合わせられるという信頼があるので、二人の演奏中の関係について「守・破・離」が自在にできる。
このあと、4人で一緒にやったのだが、Kei-Kさん独自の泣きのフレーズに自分もつい共鳴して同調して絡むと、ともすれば2本のアルトサックスが同じようなムードの吹奏になってしまうと懸念した。なので、あえて二人の吹奏に違いを出そうといろいろな対置の仕方を試みた。そこに多彩かつ饒舌なギターが割り込んで新しい局面を提示してくれる。ドラマーは、混沌とした演奏の中にあって、3人のうちの誰かを後押しして集団即興の展開に主導権を与えていく。このカルテットの即興は、なかなか多彩で立体的で面白かった気がする。
即興演奏の場合、何にも増して共演者との人間的関係が自己解放に影響すると思う。そういう点で、MUKの3人の間の信頼関係と、+1の立場の私を受け入れる3人のふところの広さのおかげで秀演になったのではないかと思う。