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高木元輝さんの思い出

 先月から『Art Crossing #3 特集 高木元輝』を少しずつ読んでいます。どの記事も興味深く読んでいますが、インタビューや思い出の会話など、高木さん自身の言葉が載せられているのを読むと、自分の記憶の中の高木元輝さんが蘇ってきました。決して数多くはないですが、共演させてもらったり会って言葉を交わしたりしたことを、自分なりに書き留めておきたいと思いました。自分も何か思い出をまとめて寄稿すればよかったな、という後悔もしています。以下駄文ですが、読んでいただければ幸いです。

【高木元輝というフリージャズ奏者との出会い】

 自分がまだサックスを始める前の1976年頃、フリージャズたるものをLPレコードで聴き漁っていく中で、日本のフリージャズは欧米のものよりストレートに自分の中に入ってきました。ジャズの音楽的ルールを取り払って自由な形態で演奏する音楽では、どこか共感しあえるような、情感といったようなレベルでつながっているものがあるからでしょうか。

 高木元輝さんは生演奏に触れるより前に、『アイソレーション(富樫雅彦とのデュオ)』や『オリジネーション(土取利行とのデュオ)』のLPで聴いて、その凶暴なサウンドや独特の間から生まれる緊張感が好きでした。息つく暇もなく吹きまくるフリージャズサックス奏者の中で、高木さんの演奏は、溜めて、溜めて、じらして、じらして、そして凶暴に爆発する吹奏、情念漲る断片的な音の塊を空間にぶつけるような吹奏に、たまらない魅力を感じたものでした。

 EEUで残した『コンクリートボイセス』というLPは通信販売で入手しました。まだ二十歳ぐらいの時でした。セロニアスモンクやスティーブレイシーの曲も入ったA面、片面1曲のライブテイクを収めたB面を聴きましたが、それ以前に聴いてきた高木さんの演奏とはちょっと感じが違って聴こえました。すでに情念溢れた攻撃的なフリージャズから脱皮している感じを受けました。

 高木さんの生の演奏に最初に触れたのは、77年夏、京大西部講堂でのミルフォードグレイブス来日コンサートでした。共演したのは、近藤等則、高木元輝、阿部薫、土取利行でした。5人での演奏中、ミルフォードが、おまえ、今、入れ、もう出ろ、というような細かい指示を4人のミュージシャンにしていたので、個々のミュージシャンの演奏を長くじっくり聴くことはできませんでした。しかし、高木さんについては、レコードで聴いたような激しさがありました。

 EEUとペーター・ブロッツマン、ハン・ベニンクのデュオとのジョイントコンサートが、名古屋納屋橋のヤマハホールで開催されたのは、80年の春だったと記憶しています。期待感をもって足を運んだことを思い出します。この時、EEUのベースは吉沢元治さんでした。高木さんはほとんど(全てだったかもしれない)ソプラノサックスでの演奏でした。

 稚拙なリスナーであった自分には、高木さんは「浮いている」と感じました。豪快で奔放なブロッツマン、思いついたら何でもやる生粋の自由人のベニンク、解放的に前へ前へと突進する近藤等則、柔軟なスタンスで共演者と交わりあう吉沢元治の中にあって、高木さんはその合奏の流れをよそにひたすら自分の音楽をやっている、という風に自分には写りました。かつてのレコードで聴かれた凶暴に爆発するサックスに期待した自分は、当てが外れた気分でした。

【高木・ダニーデイビスとの初共演】

 高木元輝さんは自分には雲の上のミュージシャンでしたが、1984年2月に突然共演する機会を得ました。ダニーデイビスさんと高木さんとのデュオがツアーで名古屋に来るということで、前座で(あわよくばトリオで)吹かせてもらえることになりました。場所は名古屋女子大小路にあるラッシュライフという店でした。高木・ダニーのデュオ演奏の前にソロで吹くのだろうと思っていたら、当日、3人それぞれのソロ、高木さんたちのデュオ、そしてトリオというメニューになりました。3ステージもやるのだから、ソロは各自10分~15分程度だろうと今なら考えますが、ライブ慣れしていない当時の自分は20分もソロで吹きました。高木さんやダニーさんは10分程度のソロだったというのに・・・。演奏の内容も大人と子どもほどの違いでした。高木さんと同じステージを踏むということで、かなりいきがっていたところもあったのでしょう。まだ駆け出しの二十代の若造でした。トリオでは二人がゆったりしたブレスで語り合う中、せっかちに軽薄に喋りまくるような自分の吹奏に、自分の器の小ささを思い知りました。終わってからは雑談ばかりで、今日の演奏がどうだった、などという野暮な話題はありません。きっと高木さんは、今後会ったとしても自分のことなど思い出さないだろうな、と思いました。

【岐阜ギャラリーK&Mでの共演】

 ところが、高木さんと共演する機会はその2年後に再び訪れました。1986年3月、岐阜のギャラリーK&Mというスペースに高木さんは単独で来られ、当時よく共演してきたイトウカズヒト、竹内梓という二人のバイオリン奏者と共演するというものでした。今度は共演慣れしている二人がいるので、いささか心強い思いがしました。また、前回のラッシュライフでの反省を生かして演奏しようと臨みました。

 このコンサートの数日前に、突然高木さんから電話がありました。何事かと聞いてみると、ソプラノサックスのバンドレン3番のリードを2枚買って当日持って来てくれないか、とのことでした。二つのことに驚きました。リードぐらい自分で買って持って来てよさそうなものだろう、ということと、もう一つは、バラで2枚? 2枚のリードがハズレだったら?ということを考えないのだろうか、ということです。一般にリードは10枚一箱で売っており、当たりのリードはその中でもさほど多くないものですが・・・。 

 コンサート当日、岐阜駅に到着した高木さんを車で会場に乗せていく役目を引き受けました。会場のギャラリーまで30~40分はかかる道のりを、助手席に高木さん乗せていきました。金華山の近くを通ったとき、

「柳川君、あれは岐阜城だよね。岐阜城って誰が作ったの?」

今なら、織田信長と正解を言えますが、その頃は城などに関心がなく、知識が乏しかったので、

「齋藤道三ですかね」

などといい加減なことを言いました。しばらくの沈黙の後、高木さんは、

「・・・織田信長じゃなかったかな?」

と言われました。試されたのか?と思いました。会話はそこで途切れました。

「バンドレンの3番、2枚買っておきましたよ。」

と言うと、

「バンドレンはいいね。根元から先までのカットのカーブがね、ほんとになだらかなんだよ。」

とおっしゃる。リコだのラボーズだのバンドレンだのリードの銘柄はいろいろありますが、当時はほとんど違いが分からなかった自分にとって、さすがだなと感心しました。

 高木さんは、その2枚のリードを演奏会場に着いて両方吹いてみて良いほうを選ぶでもなく、一枚だけ使って、あとの一枚はケースにしまわれました。なるほど、達人はリードなど選ばないのだな、と妙に感心しました。

 適当にリハーサルというか各自が音出しをしてから本番までの間、高木さんは姿を消しました。本番まで時間をもてあます中、人と喋ったり一緒に食事をしたりすることを嫌って一人でいたいという気持ちは、自分もそうなのでよくわかりました。

 高木さんの演奏は、ここでも凶暴とは程遠く、優しく穏やかでした。その音には包容力を感じました。ところで、このコンサートのチラシには、出演者一人一人の短いメッセージが載せてあります。高木さんのメッセージはこうです。

 音楽はハートとハートのダンス。ハートのダンスに生き、ダンスのハートに生き、 愛のダンスに生き、愛のハートに生き抜く。

目を疑いました。これがあの高木さんの言葉か?と・・・。「愛」とか「ハート」とか「ダンス」とかの俗な言葉が、高木さんから出てこようとは思ってもみませんでした。自分は高木さんというミュージシャンを誤解していたようです。

【小杉・高木とディスロケーションの共演】

 時代は90年代に入ります。自分はディスロケーションという電子音響とサックス、それにビジュアルパフォーマンスが加わるバンドで演奏するようになりました。この時代にノイズミュージックが台頭してきたという認識が自分にはありました。このバンドでも、大音響で攻撃的な電子ノイズの洪水の中で、サックスがフリークトーンでシャウトする、といった演奏をしていました。ときにはアンビエントで静かな演奏もやりますが・・・。

 1990年8月、名古屋ICAスタジオでディスロケーションと小杉武久、高木元輝とが共演する機を得ました。

 小杉さんは、ライブエレクトロニクス、ボイス、バイオリンをたまに、という配分でコンサートに臨まれました。この日は長時間の枠の中で、各自が出入り自由に即興で音を出す(表現する)というやり方で行いました。高木さんの楽器はテナーサックスのみだった気がします。朗々とスケールの大きいブローで、音数は少なく、ゆったりした吹奏でした。けれど、少し吹いたかと思うとすぐにやめ、引っ込んでしまう。てっきり電子音響による演奏が気に入らないのかと思ったのですが、このコンサート以前に小杉武久さんとのデュオが名古屋河合塾のホールで行われたときには、小杉さんのライブエレクトロニクスと共演されているので、そうとは言い切れません。高木さんは演奏していて、「これは自分のやりたい音楽ではない」と思われたのでしょうか・・・。

 この日の打ち上げでは、小杉さんと高木さんは日本酒を酌み交わし、我々ディスロケーションのメンバーも同席しました。このとき高木さんはこんなことを個人的に自分に話されました。

「柳川君、僕はね、サックスらしい音を出したいんだよ。」

 確かにこの日の高木さんも、以前の岐阜での演奏も、とりわけテナーサックスの音は豊潤で、優しく、心に響いてくるものでした。サブトーンがまた心地良いのです。もう以前の「アイソレーション」の頃のような前衛サックス奏者の高木さんではないのだなと改めて思いました。それは後退ではなく、より音楽の真髄に近づこうとする姿勢だと思いました。攻撃的なフリークトーンで圧倒しようとする自分のアルトサックス演奏を揶揄されたのだろうか?いやいや、単に僕はそういう音楽に向かっているのだよ、という思いを語られただけだろうか・・・。深く考えると落ち込むので、高木さんは高木さん、自分は自分と割り切ってこの言葉を受け止めました。当時自分は30代半ばでした。このときの高木さんの言葉は、60代半ばの今になってようやくわかったような気がしています。しかし、今の自分はもう高木さんが亡くなられた齢を超えてしまっています。

【金田俊一さんとの共演にあたって】

 この名古屋ICAスタジオでの共演からちょうど1年後、福島の涅雅(ネガ、漢字が間違っていたら済みません)という店で、金田俊一さんとアルトサックスデュオをやる機会がありました。金田さんは高木さんからサックスを学んでおられる方でした。このコンサートを控えて金田さんは、私と共演することになったと高木さんに話されたそうです。そのとき高木さんは、

「柳川さんね、あの人の演奏は速いからね、金田君はゆっくり吹けばいいよ」

と、金田さんに言われたそうです。これもまた自分には考えさせられる言葉でした。金田さんに対しては、自分らしい吹奏をすればいいよ、という助言であったとは思いますが、ただスピード感を追うことばかりが演奏じゃないよ、と、またもや自分を揶揄されたのではないかと感じました。しかし、今になって振り返ってみると、自分が高木さんなら同じようなことを言うだろうなあ、と思えます。やはり高木さんは自分よりずっと前方を歩んでおられるのです。

【その後、亡くなるまでの思い出】

 名古屋ICAスタジオ以来、高木さんと共演することはありませんでした。しかし、チャンスがあれば高木さんの演奏を聴こうと思っていました。

 1995年5月に松坂にある崑崙舎(こんろんしゃ、漢字が間違っていたら済みません)で、高木さんが庄子勝治さん、一楽儀光さんと演奏するという話を聞いて、車を飛ばして現場に向かいました。高木さんは最後にソロで曲を吹かれましたが、それはそれは情感溢れるメロディーとテナーサウンドでした。あれは何という曲だったのでしょう? 演奏後休憩する食堂で、高木さんは準備されたスプーンをよそにのけて、本場のマナーでインドカリーを片方の手で食べておられました。

 年代ははっきりおぼえていませんが、名古屋本郷の聖家族に高木さんが来て、バンドをバックに吹くということで聴きに行きました。バンドの編成は、エレキギター、エレキベース、ドラムスというものだったので、この編成のバンドでどんな吹奏をされるのだろうと興味津々でした。ですが、高木さんはこのバンドのやっている音楽(フュージョン?)からは完全に浮いていました。数フレーズ吹いてはすぐやめてしまいます。バンドのメンバーは、そもそも高木さんがどんなサックスを吹く人なのか分かっているのだろうか?と疑わしくなるほどでした。サックスの存在を度外視して自分たちの曲を演奏している感じでした。なぜこのバンドで高木さんが吹くことになったのか? 終演後、楽器を片付けている高木さんに「バンドとは別にソロでやってほしかったです」と、たまらず言いました。高木さんは「ごめんね」と言った後、何も言われませんでした。何かわけあって、このステージに立たれたのかなと思いました。

 最後に高木さんの演奏を聴いたのは、愛知県一宮のプレゼンチでの豊住芳三郎さんとのデュオだったと思います。年代はしっかり覚えていませんが、2000年を過ぎ晩年かその1年ぐらい前だったかもしれません。長時間立った姿勢での吹奏が厳しかった感じがしました。しかし、音はみずみずしさがありました。無理して吹く感じではなく、自然体で歌っているような・・・。豊住さんとは長い年月共演を重ねてきただけあって、お互いがお互いを解放し合っていて、意気投合というようなレベルではない深い関係が感じられるデュオでした。終演後、高木さんのテナーのマウスピースが、それまで長く使っていたベルグラーセンのエボナイトからメタルに代わっていたので、そのことを尋ねてみました。グレゴリーのマウスピースだと言われました。

「高木さんのラーセンの音、好きでしたよ。」

と、言うと「ラーセンね、あれも良かったけど、ここ(口元を指して)がきついでしょ。」と言われた。長時間同じ姿勢でいると体が固まると言って、ときどき体を揺すぶったりされていました。

これが、高木さんと会った最後でした。

                         2022年6月23日

写真は、1984年2月25日 名古屋女子大小路「ラッシュライフ」にて、高木元輝さん、ダニーデイビスさん、柳川。

Report :フリーフォームジャム@パノニカ#5

2022年4月9日(土) 岐阜市神田町 洋食屋パノニカ

 今回は、感染防止のための時短営業の影響なく、18時から21時まで3時間の枠がとれたので、各自2回出演、全9セットで各セット上限15分というフレームで行う。ホストの摩子さんと自分を含めて、ドラムス4,ギター4,キーボード1,エレクトロニクス1,サックス2,ベース3、身体表現2,という大所帯でのジャムセッションであった。これまでは、上限10分の時間設定にしていたので、なかなか終わり切れず、「終わりですよ」の合図の拍手をして終わってもらったのだが、15分の枠にしたところ、自発的にエンディングに持ち込み、時間内に終わるセットがほとんどだった。これは望ましいことだと思った。外発的な終了指示によって終えるのは、やはり不自然であろう。

 とりあえず写真を掲載して、各セットの組み合わせを振り返ってみることにする。写真の提供元は、お馴染み中嶋貴士さん、参加者の後藤博さん、Kaoruさん。いつもありがとうございます。

 定型ビートのロック風インプロビゼーション、怒涛のフリージャズ、サディスティックな電子音響・ノイズミュージック・・・・ジャンルに分けて解説することが不毛に思えるような多彩さが花開いたセッションだった。どんな表現をする共演者とも向き合い、相互にアプローチして関係を築いていくことの面白さは、自分の感性や判断を鍛えていく修行のような場でもあると思う。自分は猫とだって共演できる即興表現者でありたいと個人的に思ってるが、そういう企画をしてくれる人がいないのが残念である。

 各演者の音楽性のバックボーンやアプローチの仕方、フリーフォームとか即興に対する考え方はそれぞれであるが、共通している点といえば(他者から指示されたことをやるのではなく)全て表現者の自発性に基づいた即興であることぐらいか・・・。

 ところで・・・・

 「今、共演者にどんなモーションをかけようか、その結果期待するレスポンスが得られたらどうするのか、得られなければどうするのか・・・・。」

 「今は共演者の表現に自分を合わせるのが良いか、反発、あるいは無視したほうが良いか・・・・・。」「今は演奏のイニシアティブを誰かに譲るのが良いのか、共演者を振り切って独走するのが良いのか・・・・。」

 「ステレオタイプ化した自分のやり方(手癖)に陥らないよう、something newを模索しながらも、ついつい自分の「決め技」を繰り出してしまう。そんな自分でよいのか・・・・。」

 即興演奏をやっているとき、このようにいろんなことが自分の頭の中をめぐっているのだが、皆さんはどうなのだろう? まあ、いちいち考えていたら演奏が進まないので、自分の中で起きる「反射の連続」に身を委ねてしまうのだが・・・・。

Report : ディスロケーション@HUCK FINN

2022年3月20日(日) 今池ハックフィン

ディスロケーション(DISLOCATION)

●ガイ guy / guitar

●岡崎豊廣 Toyohiro Okazaki / electronics

●柳川芳命 Homei Yanagawa / saxophone

●森公保 Kimiho Mori / drums

今年度最後の演奏は、1982~84年頃によく出演した今池ハックフィンでディスロケーション。岡崎豊廣さんやガイさんとは、当時からこの店でよく演奏してきた。名古屋即興界の黎明期と言える時代である。この企画「BATTLE of LIFE」は、「水性人間」で出演した武藤宏之さんの企画で、この日出演した6つのバンドはフライヤーにあるとおり。マツダカズヒコさんと武藤宏之さんのデュオ「水性人間」以外は、初めて会うバンドばかりだった。

各バンド30分程度入念にリハやサウンドチェックを行い、音響面で大変良い環境で演奏できた。立ち見オーディエンスの前での大音響ライブで、古参の我々よりうんと若いメンバーのバンドの熱気漲る演奏に触発され、我々もテンションの高い濃密なステージになった。1990年に結成して30数年(現在のメンバーになってからは12年)。今では年に1度か2度しかライブをやらないバンドになったが、たまにやってみると、年輪を重ねても老けないサウンドだな、と思ったりもする。まあ、このイベントの雰囲気や集まってくれた人たちの熱意あってのことだけど。

写真はこの十数年ディスロケーションを応援してくれている橋本浩行さんの撮影による。いつも応援ありがとう!

Report : Acoustic de Carnival @高槻BIRD

2022年3月6日(日) 11:00~18:30 高槻BIRD

<出演者とプログラム>

■BROWN SUGAR:広池明徳 vocal 中西昌也 guitar  今西啓司 guitar  鈴木則子 piano  戸嶋英城 bass  鈴木泰徳 drums

■井頭月 vocal 山崎圭巳 sax

■猿丸詩摩子 vocal SiMA Beatbox Koji Kose handpan

■山嶋真由美 vocal 鈴木泰徳 drums

■NARUMI vocal 書道パフォーマンス

■曽我部知主恵 vocal 村山義光 guitar

■小柳淳子 vocal 柳川芳命 sax

■林真二郎 vocal 越山満美子 piano

■皇甫純圭 vocal 大谷朝子 piano

■上新友祐 vocal 小野田享子 piano

 大阪の全能ドラマ―鈴木泰徳さん企画のAcoustic de Carnivalは、毎年3月第1日曜に開催されていて、自分が初めて参加したのは2年前の2020年だった。今回の参加は2回目である。(昨年は自分の名古屋でのライブがこの開催日と重なって欠場。)この企画は、気心知れたバディとのアコースティック系デュオでの出演が主で、持ち時間30分のステージ構成は、すべて演者にお任せという、その名のとおりカーニバルである。

 地元大阪のミュージシャンの中、ただ一人中部地区から呼んでいただけていることや、レパートリーを持たずフリー即興しかやらない異物の自分がこの企画に呼んでもらえるのは、鈴木さんの温かい配慮である。その代わり誰とバディを組んで演奏するかは鈴木さんにお任せしている。

 自分が店入りしたのは、山嶋真由美さんと鈴木泰徳さんのデュオをやっていた時間帯で、残念ながらそれ以前のパフォーマンスを参観できなかったが、ヴォーカル+ピアノという形態が今年は多かった。大阪のボーカリストは凄い人がいるな。本当に皆さん圧巻であるし、伴奏のピアニストやギタリストとのコンビネーションが絶妙で、その掛け合いは、いわゆるリズムセクションのいない形態にもかかわらず、とても躍動的で熱く迫力があった。それにエンターテイメント精神が凄いな。

 さて、名古屋のイベントプロデューサー千葉正己さんも絶賛する小柳淳子さんとの初共演デュオであるが、ボーカルとサックスのデュオという単音旋律表現者どうしのフリーな即興は難しい、というかサマになりにくい形態である。振り返ると、さがゆきさん、利根川おちょこさん、今岡友美さん、真都山みどりさん、谷向柚美さん、陽子さん、40年ぐらい前にはハネムーンズの天鼓さんとカムラさん、男性では小松バラバラさん、Blackyさん、あ、映画の中では灰野敬二さんとも・・・と、ジャズ系、即興系を問わず共演した経験はある。が、二人だけの水入らずで30分のステージをやるのは稀有である。

 今回、小柳淳子さんという大御所ジャズボーカリストと、初共演かつノープランで30分フリー即興をやるというのは冒険だったし、小柳さんはもっと冒険だったと思う。即興じゃなくて何か曲をやるなら、小柳さんは見事に歌い上げるだろうが、そういう音楽に縁のない自分はとうていそれは無理。今回は、小柳さんが自分に歩み寄ってくれたわけである。

 最初に12分程度やり、続いて8分、最後に50秒、と3つやった。当然ながら最初の即興は探り合いである。2つ目、3つ目とテイクが進むにつれ、お互いにほぐれてきて、音楽的には不協に聴こえていても、エモーションのレベルでは通じ合えているという手ごたえを得ることができた。小柳さんは、自分のバックボーンであるジャズ的な即興に終始頼らなかった。むしろ自分のほうが、共通言語になるかな?とジャズ的なスケールをちょっと混ぜてみたりしたが、彼女はそれには安易に乗ってこなかった。凄いな、徹してフリーで通したところがチャレンジング魂だと思った。

 サックスの音をマイクで拾ったけれど、音量のバランスを考えたらサックスはノーマイクの生音のほうが良かった。サックスの音大きすぎだった。もうあと30分やれたら、それに両者の音量バランスをチェックして臨めたならば、きっとしまいには爆発するような演奏ができたと思う。また、やってみたい。終わってから小柳さんが、楽しかった、と言ってくれたことが救いだった。

写真はお客様の金子文生さんに撮っていただいたもの。ありがとうございました!

Report:ガイ+柳川芳命+野々山玲子/踝打舞+蛯原幹生@なんや

2022年2月26日(土) 名古屋 御器所 なんや

・ガイ(g)+柳川芳命(as)+野々山玲子(ds) 「胸焼けペペロンチーノ」

・空港図<踝打舞(g)+蛯原幹生(ds)>

ガイさんが近年やっているパスタ名の付いたセッションが2週にわたって開催。今回「胸焼けペペロンチーノ」、次回「おかわりカルボナーラ」。各回にゲストプレーヤーが参加。

今回は大阪からの「空港図」と「胸ぺ」のトリオとの2本立て。ついでに交流セッションも行うとい企画だった。

「空港図」の踝打舞(くるぶしだぶ)さんは、演奏スタイルによって「ちあきひこ」に名前が変わるのだが、ギター演奏には変わりない。昨年京都のアニーズカフェで共演したときはちあきひこだったが、エレクトリックギターのトーン、特にボトルネックを使った演奏に透明感があって、詩的で抒情的な演奏だった。今回はアンビエントからハードでアグレッシブなプレイまで多彩な奏法が次々繰り出されて、惹きつけられっぱなしであった。蛯原さんのドラムは、徐々に熱を帯びてくると激流渦巻くといった感じのグルーブ感がとても気持ち良い。名古屋ではまだ知名度が低いかもしれないが、注目すべき大阪のユニットとして、名古屋にも時々来て欲しいものである。

続いて、ガイさん、野々山さんとのトリオ。ガイさんとは82年頃から、<サウンドインプロビゼーション(イトウカズヒトvl+竹内梓vl+高木英臣b+ガイg+柳川as)>、<ガイバンド(メンバー流動的)>、<シルバーシート(デュオ)>、<クロマニヨン(ガイ+柳川+ニワオサムvo+ヒグチシゲキb+シママサヒコds><ガイユニット(メンバー流動的)>、そして第二期の<ディスロケーション(岡崎豊廣elec.+ガイg+モリキミホds+柳川as)>に至るまで、40年にわたる付き合いである。が、一緒にやっていて演奏が煮詰まらない(パターン化しない)のは、調和を意識せず、それぞれ好き勝手にやっているからかもしれないな。しかし、相手の音を聴いてないようで聴いているのがガイさんの不思議なところで、なぜかエンディングはうまく「そろう」のである。

ガイさんの「パスタシリーズ」でドラマーとして、野々山さんが関わってからもう数年になる。この日は、ギターやサックスのサポートという立場にとどまらないで、切り込んできたり後押ししてきたりする場面がいくつかあって、トリオ演奏の流れを制御していった感じがする。

この後、交配メンバーで2セット演奏。

・<ガイ+踝+野々山> 二人のギターの対置の仕方が変化に富んでいて面白かった。後ろで野々山さんのドラムがうまく調停に入っていた感じ。

・<空港図+柳川> 空港図の創り出すフリーフォームのグルーブ感が凄く、久々にしつこいほど狂おしくやり切って、カタルシスを味わえた感があった。

このパスタシリーズの第二弾は、3月5日(土)同じくなんやにて開催される。こちらも過激な夜になりそうなメンバーである。乞うご期待。

写真は、堀川さん、千葉さん、PUYOさんの撮影したものより拝借しました。ありがとうございました。

Report:TIO即興セッション#11

2022年2月20日(日) 滋賀大津 ムジカ・ティオ

3か月おきに開催してきたこの即興セッションも、第11回から第3日曜の午後3時から6時に開催することになり、ホストも小松バラバラさんと、(引き続き)柳川が務めることになった。

滋賀県はまん延防止措置こそされてないが、オミクロン株の感染者が身近に増えているとマスターは言う。このセッションには京都、大阪、兵庫、三重、愛知等、他県からの参加者が多いので、今回は県をまたいでの移動やセッション参加に躊躇する気持ちからだろうか、ホストを入れて5人の演奏者と1人の記録係兼コンダクターという少数精鋭のセッションとなった。

■セッションの流れは以下のとおりである。

1 小松バラバラ(咆哮)+柳川(as) ※ホストのオープニングアクト

2 佐藤シゲル(b)+井上和徳(ts)+山田一雄(g)

3 佐藤シゲル+小松バラバラ

4 柳川芳命+井上和徳+山田一雄

5 小松バラバラ+山田一雄

6 佐藤シゲル+柳川芳命+井上和徳

7 クインテット

最後の全員(クインテット)のセットでは、

小松さんのソロ→全員→柳川のソロ→全員→佐藤さんのソロ→全員→井上さんのソロ→全員→山田さんのソロ→全員 という流れで約40分。

「ソロ」と「全員」の場面の切り替えの指示は、中嶋貴士さんにやってもらった。各自のソロ(約3分)のアプローチに個性が出ていて面白かったし、それを受けての全員での集団即興(約5分)も場面ごと変化に富んでいたと思う。いつも写真や動画撮影で協力してくれている中嶋さんにコンダクトで参加してもらって、いい感じのセッションになった。

どのメンバーもフリー即興の熟練者である。楽器編成のバランスも良く、このままクインテットのバンドにしてもよい顔ぶれである。演奏に安定感があって相互のレスポンスも自然でエモーションの交感が感じられてよかった。

TIOには初参加の山田一雄さんは、今月上旬にパノニカのセッションにも参加してくれた。昔、カルヴァドスの『地と図』のシリーズでのセッションでも参加してくれたことがある。今回はギターとエフェクター1個、自分用の小型アンプというシンプルな装備で、ストラトキャスターの音を生かしたクリアなサウンドが魅力だった。

常連の佐藤さんもホストの小松さんも、エフェクターを使うタイミングがお見事。演奏の潮目をよく見て場面転換のイニシアティブをとっているなと感心。井上さんのテナーはアグレッシブなブロウばかりでなく、のびやかな息遣いで朗々と歌う、あるいは語りかける場面で、豊潤なサウンドを響かせてくれた。

次回は5月第3日曜午後3時から開催の予定。その頃にはコロナは収束しているだろうか?

Report : 晩譚@なんや

2022年2月15日(火) 名古屋 御器所 なんや

・晩譚(ばんたん)<野道幸次(ts) 柳川芳命(as)>

不穏なコロナ感染拡大が始まった頃、惜しまれて閉店した今池「海月の詩」での二人の演奏をアルバムでリリースしたのが2020年5月。以来、ときどき『晩譚』と言う名前で数回演奏してきた。テナーサックスとアルトサックスのデュオという、コンセントが無いところでも、一畳のスペースがあればどこでも演奏できるシンプルな楽団である。

形態がシンプルであればあるほど、演奏者のすべてが剝き出しになる。全即興であればなおさらである。肉体(内臓)と直結しないと音の出ない管楽器であればなおさらである。

反応し合うとか、協調し合うとか、忖度し合うとかいう関係性でデュオをやるのはやめて、徹底的にその場の判断で自由に演奏をしてみようと自分はやっているし、おそらく野道さんも同じスタンスで吹いているだろうと思う。サックスという単音の旋律楽器同士で同時に即興演奏をやると、キーが合って無くて気持ち悪いこともあるが、その気持ち悪さが気持ち良いこともある。

しかし、同じ空間、同じ時間に二人が演奏していれば、共鳴してくるのは自然である。その自然にあえて逆らうのは不自然なことで、素直にやればいいのである。そこに人となりが滲み出るのだから。

今回の二重奏は、(聴こうとしなくても聴こえてくる)相方の音と合ってなくても気にしない、偶然のように合ったときには、同調し続けるか破調を目指すか、その選択も自由、という関わり合いだった気がする。時には「美しく」はハモりたいと思えば、そうすればいい。即興はそのときの気持ちの在りようが音に反映することに面白さがある。

あとで録音を聴き返してみると、演奏中に感じたときよりも「美しく」調和している場面が多かった。やはり表向きはズレていても、地下の水脈ではつながっていて、しっかり向き合っているものかな、と思った。お互い大人になったせいか?

Kouji Nomichi Homei Yanagawa

Report:此の三人/浅野和恵@アニーズカフェ

2022年2月11日(祝・金) 京都伏見 アニーズカフェ

・浅野和恵 hand-made instruments, effectors

・此の三人 <柳川芳命(as) マツダカズヒコ(gt) 近坂祐吾(ds)>

本来は「此の四人」というユニットなのであるが、ベースの鷲見雅生さんが欠席のため暫定的な「此の三人」という名前で演奏することになった。「此の四人」は2018年の夏にデュオユニット「長谷川静男」と共演して以来、3年半ほどやっていない。このところマツダさんと自分は結構共演をしているし、マツダさんと近坂さんは直江実樹さんとのトリオNÖMで活動しているので、近坂ー柳川ラインがこのところ疎遠だっただけである。近坂さんのドラムは、スムースに流れるとか、俗にいうドライブ感、グルーブ感、スピード感とはちがうタイム感覚のドラミングでアプローチをしてくるので面白い。マツダさんと近坂さんとのコンビネーションは阿吽の呼吸といった感じである。今回はベーシストがいなくてトリオだったので、カルテットでやるときよりも関係はシンプルで、自分以外の二人のやっていることが明確に把握できた気がする。一気に集中力が持続した30分の演奏になる。

我々のステージの前に、浅野和恵さんのソロが30分程行われた。電子音響のエフェクターの操作だけでなく、ボウイングやカリンバのピッキング、鍵盤ハーモニカの吹奏などのフィジカルな演奏も織り交ぜながらのサウンドパフォーマンスであった。昨年夏にはデュオもやらせてもらったが、以来システムの改良などでサウンドのパワーがアップした感じだった。即興的な要素は勿論あるが構成美を感じる約30分の演奏は、音のドラマを観るようだった。(浅野さん、的外れなことを書いていたらすみません。)

最後、20分弱の交流セッションを行う。初めのほうは、いろいろなサウンドが飛び出すマツダさんのギターと浅野さんの音との識別がつかない場面もあったが、中盤からそのサウンドの違いが明確にわかるようになってきて、浅野さん、マツダさん、近坂さんのそれぞれが出している音に、迷い箸のように物色しては絡む、という関わり方になった。いい交流が出来た。

Kazue Asano
Kazuhiko Matsuda
Yugo Kissaka
Homei Yanagawa

Report:フリーフォームジャム@パノニカ#4

2022年2月5日(土) 岐阜 神田町 洋食屋パノニカ

第4回目はやや参加人数が少なかったが、コロナによる時短営業で2時間枠だったので、演奏者(ホストを入れて)11人。参観兼記録係1人は適切な人数だった。

このセッションは、「インプロビゼーション」とか「即興」とかいう言葉を使っておらず、あえて「フリーフォーム」というネーミングにしている。フリーフォームといっても、古今東西の誰の真似もせずワン&オンリーのフォームを目指すのだ!という人も、既存の演奏スタイルであっても、それが私の魂の演奏道だ!という人も、全部受け入れようという考えでやっている。要は「何でもあり」である。私は<自分のやり方>を追究していくよりも、<共演者への応じ方>を拓げていくことが大事かな?などと思うようになってきた。例えば10分間ずっと8ビートを刻み続けるドラマ―に、自分はどんな風なかかわり方をしていくか?というチャレンジをすることは面白いし鍛えられる。

今回は音/サウンド(と単に言うのがふさわしい)の山本雅史さん、スリーピースロックバンドのドラマーの今川勇人さん、80年代に名古屋界隈の即興シーンで活動していて30 数年ぶりに演奏するギターの谷上昌彦さん、即興ボイスでも注目のボーカリスト原れいこさん、さまざまなセッションでご一緒してきたテレキャスターの山田一雄さん、が初参加。嬉しいことである。そして、ほぼレギュラー参加となっているベースの新井田文悟さん、ギターの清水温度さん、ドラマーの松添稔さん、黒田ヒロムさんがこのセッションの中枢となってくれているのはありがたい。ありがたいと言えば、滋賀から足を運んでくれて、記録映像や写真を撮ってくれている中嶋貴士さんには心から感謝したい。

これまでサポートプレイヤーという呼び方で木全摩子さんに加わってもらってきたが、今後はホストということでレギュラーで仕切ってもらおうと思う。摩子さんの存在で多くの方が気軽に参加してくれるのがありがたいことで、こういう才能は自分には無いのである。

以下、中嶋さんの撮影した写真を掲載し、当日のA~Hの8つのセットを紹介したい。

A 新井田文悟+木全摩子+山田一雄
B 原れいこ+清水温度+黒田ヒロム
C 谷上昌彦+今川勇人
D 松添稔+清水温度+山本雅史
E 黒田ヒロム+谷上昌彦+山本雅史
F 今井勇人+山田一雄
G 新井田文悟+松添稔
H 原れいこ+木全摩子

Report : ysm+陽子@パノニカ

2022年1月22日(土) 岐阜神田町 洋食屋パノニカ

・ysm <柳川芳命(as) 鷲見雅生(el-b) 木全摩子(ds)>

・陽子(vo)

ysm で演奏するのは、2018年12月にハックフィンで開催された「Moto-Fes」に出場して以来である。この時はフェスの雰囲気もあってysmの約20分程の演奏もボルテージが高かった。自分としてはこのバンドで出し切ったという印象で、しばらく休んでいるうちにコロナの感染拡大の時期に入り、そのまま長期の休みとなった。ysmという形態で初の演奏会をやったのが、ここパノニカだった。

久しぶりにやるにあたって、ysmの演奏に風穴を空けるような人をゲストにしようと考えたところ、ドラマーの摩子さんが「陽子さんはどう?」という提案をしてくれた。そういえば我々の演奏をよく聴きに来てくれているし、パノニカのフリーフォームジャムにも参加してくれたこともある。パワフル突進型のysmの印象を塗り替えるにふさわしいと、頭の中の電球のフィラメントが輝いた。

当日、まず久しぶりのysmのセットをやり、その後私が抜けて、陽子+鷲見+摩子のトリオ。セカンドステージでは、陽子+柳川のデュオから始まり、鷲見+摩子のデュオに移行、最後に4人でやるというストーリーで演奏した。

ysmでは鷲見さんのベースがやや控え目な印象だったが、良く練られたフレーズのベースラインが、演奏に深みを与えてくれた。摩子さんとは蠍座二人組でアルバムを出したばっかりであるし、パノニカのセッションでも一緒にホストをやっているので気心知れたものである。3人とも力まず自然体のプレイで演奏が柔らかくなった気がした。

陽子さんは日頃ジャズボーカリストとして音楽活動をされているだけあって、フリーな即興で歌っても、ご自分のベースと言うかバックボーンから醸し出されるジャジーなフィーリングが魅力だった。観念的で「奇をてらう」ようなフリーインプロではなくて、その人のアイデンティティーが即興演奏にちゃんと反映しているところがいいな、と思った。おかげでysmのスタイルが鮮やかに変容した演奏会でありました。

後日、こんなことを思いついた。陽子さんの演奏パートナーであるピアノの仁田豊生さん(おふたりでDuo Hipposというユニットをやっておられる)が加わるとどうなるかな、即興組とジャズ組とのパワーバランスがとれて面白いんじゃないかな、と。まだ、誰にも言ってない。仁田さんがどう思われるかわからないし・・・。